2008年07月03日

重要なのは、姿勢。

何を言うか?は大して重要じゃない。なぜ、そう言うか?という裏にある姿勢にこそ、人は反応する。

売りたいと思って語る言葉は、そのような姿勢があるから結果売れない。お客さんの問題を解決したい、満足を得たいと思って語る言葉には、そのような姿勢があるから、売れる。単純だけど、本当だ。一般的に僕らはそのようなコミュニケーションリテラシーを持っている。

何を言うかじゃない。なぜそういうか、だ。それを、その姿勢を表出させることこそ、コミュニケーションにおいて重要だ。

言葉は軽く、相対化される。心は1つで、相対化され得ない。「なぜ?」がない言葉は、空虚で軽い。しかし同時に、恐ろしく重い。

軽い言葉は、社会との接点を失って、表現されない心を内包している。
それは誰にも届かないくらい軽く、それ故恐ろしく重い。
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2008年07月02日

語ることそれ自体がメッセージな時、どうすべきなのか

秋葉原の事件について、色々と考えを巡らせていた。
ただ、何を言えばいいのか、分からなかった。

いや、本能的にこの事件について何かを語ることがはばかられた。

様々なところで様々なことが語られている。しかし事件について「語る」という行為そのものが何かに絡め取られていく。

この事件は様々な切り取られ方がされる。

「秋葉原」「オタク」「格差」「負け組」「非モテ」「ネット」「派遣労働」…

犯行の裏には様々な社会的な背景があると見られる。そのどれもがおそらく同じくらい「正しい」。いや、そもそも「正しい」という価値判断基準すらない。全てパラレルに存在し、どれもが別の問題をそれぞれに語っている。正しさを競うこともない。

派遣労働だから人を殺すわけではない。負け組だから殺すわけではない。もてないから殺すわけでもない。オタクだからでも、ネットがあるからでも、ない。

結局、この犯人の超個人的な、実存の問題でしかない。

背景に社会の問題はあるかもしれない。しかし「この犯罪について社会的に語ること」それ自体が1つの姿勢として、メッセージを発してしまう。「どんなことを語るか?」は問題にならない。語られる言葉の正しさなんて、価値判断にはならない。

「語られている」という状況それ自体が社会的なメッセージを持ち、様々な形で力を生み出す。それはある意味ではこの犯罪を補完する。犯人の実存に対する欲求を、ある意味で満たす。どんな社会問題も、犯人の幼稚な実存問題に絡め取られる。

しかし、こうやって、「語られること」を語ることも、また1つのメッセージになるんだろうか。だとしたら、もう、何も語ることは出来ないんだろうか。

おそらく、この事件について、第三者的に、社会的に語ることは出来ないんじゃないかと思う。だから、犯人の、抱えていた実存的な問題を、個人的に、想像する。そーいうヤツが、自分の、隣にいたかもしれないと思う。メタじゃなく、同じ地平で。

結局、「何言ってんだよ、おまえ。飲み行くか」って言ってくれる、
友達がいたら、こんな事件は、起きなかったんじゃないかと思う。

いろんな問題を誰もが抱えてる。たまには暴れたくなることだって、ある。俺だって、新宿の人混みでカメハメハを打ちたいと思ったことは、10回以上、ある。

ただ、認めてくれる、認められる、友達がいなかったことで、犯罪を抑制できなかっただけじゃないか。ただ、実存の問題だろう。だからこそ、俺に、友達がいなかったらと思うと、苦しいだろうなと思う。

やっぱり、うまく言えないな。共感なんか出来ない。しかし、犯人の、ネットの書き込みを見て、そのような、1つ1つの書き込みに、立体的な人の孤独があることを想像すると、苦しくなる。

書き込まれるテキストデータのどーしよーもない軽さが、その裏にある実存を、また、重くさせるような、感じ。

ネットでのコミュニケーションに携わる、自分の仕事についても、考えるべきことがある気がした。
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2008年06月30日

山田先生

なぜか小学校のときの山田先生をふと思い出した。

小学校の理科のテストで、この昆虫の名前を書きなさいみたいな問題があった。その中で1つ、あるチョウチョの名前を答えなさいというがあったのだが、僕はどうしても思い出せず、苦肉の策で「パタパタチョウチョ」だか「ヒラヒラチョウチョ」だか、とにかく解答欄を埋めようと
思いついた名前を書き込んだ。

当然それは間違いだった。しかし、帰ってきた答案には「×」はついておらず、「△」がついていた。

答えあわせをしているときに山田先生に聞いたら「間違いだけど、面白いから×がつけられなくて△にしたのよ」といっていた。

なぜか思い出した。しかし、実は、山田先生のその行為が、今の自分にとってものすごく重要だった気がする。

posted by kohey at 21:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月25日

ルーティンと発見

終わった。

グッジョブ、俺。やはり追い込まれると集中出来る。
そういうもんか。

ルーティンをいかに効率的に行うか。効率的に処理するそのプロセスにおける様式美が、新たな発見をもたらす、気がする。

疲れたけど、スッキリした。てか、もう、朝だ。

エレカシを聴いて1回帰ろう。最近エレカシがホントに染みる。声が良いよ、声が。
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2008年06月24日

ゲームメーカー

それで、一つ、考え方を変えた。

仕組みを作る。より効率的に、より効果的にやるために。
プレイヤーではなく、ゲームメーカーになる。


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2008年06月20日

ブラッド

あーリアルに胃がいたい。太田胃酸を飲む。
いー薬ですって、今考えるとすごいコピーだなこれ。

今週はドラッカーウィーク。

プロフェッショナルの条件、ネクストソサエティを、今、読む。面白い。生産性を向上せよ!と無理やり自己啓発。

てかトイレいったらケツから血がぁ!!

ストレス?
痔?

3人に聞いたら3人とも「あぁ、それよくある」と。

現代病?

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2008年06月18日

瓶ビールが産み出す

例えば、瓶ビールはコミュニケーションを産み出す。注ぎたくなるじゃないですか。これが生ビールだと、コミュニケーションを産まない。注ぐこともない。それ自体で完結しているから。

そこには大きな差がある。

確かに新人は上司にビールを注がなくて良くなった。それはそれで面倒なしきたりが無くなって良かったかもしれない。しかし、同時に、そこで産まれるはずだったコミュニケーションも消えた。

挨拶一つでも良い。挨拶をするということは、その人の存在を認めるということだからだ。

今は、誰ともコミュニケーションせずとも、ある程度のものが手に入る様になっている。誰ともコミュニケーションせずとも、生きるためのタスクはこなせる、というわけで、利便性は向上している。

しかし、それが本当に人生を豊かにするのかというと、少し違うとも思う。利便性は一定までで良い。そこから先、物質では満たされない欲求がある。それは、コミュニケーションによってしか満たされない。

その意味で、僕は、その、瓶ビールのようなモノが、大事なんじゃないかと思う。行為を促し、人と人とを自然に結びつけるもの。人生を豊かにするもの。

例えば、席を譲りやすい電車とか。

僕は狭義のデザイナーではないが、広義のデザイナーでありたい。いつでも、人のことを考えていたいと思う。

今の仕事でだって、できることだ。
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2008年06月16日

リトルスランプ

若干のスランプ。目の前の、タスクに集中できない。何が問題なんだろうか。

集中しているときと言うのは目の前にある1つ1つのタスクに対してかなり集中できている。そば職人がそばを打つように、一つ一つの動作に対してメリハリがあって、効率的になる。効率的になると、結果クオリティが上がる。

しかし、今はそれが出来ない。散漫になる。結果効率が悪い。おそらく中長期的なビジョンが見えていないからだ。自分自身の。チームの。
しかしそれを他に求めることは出来ない。それを描き、具体的に落とし込むこと自体が、今、自分に課せられている最も重要なミッションだ。

おそらく、技術やノウハウはすぐにフラット化する。つまり、そこでは価値を創造しにくい。そこはむしろ徹底的に仕組み化、オープン化。結局、全ては人だ。しかし人とは誰だ?何を提供できるのか?

いや、多分、モヤモヤの原因は、ただ、こうして、やらなければ、やらなければ、答えを、出さなければ、となっていることそれ自体だ。

だんだん見えてきた。つまり、俺は今、焦っている。しかし、答えがない。いや、そもそも課題がない。新たな問いを自分に課せていない。問いがないから脳が能動的に動くことが出来ない。受動的に「やらなければ」と感じて、結果硬直している。

自ら課題を設定する必要がある。ということは現状を知る必要がある。そして未来を考える必要がある。今とこれから。何がどうなっていくか、何がどうなっていくべきかを。そのギャップをどうやって埋めていくかを考えればよい。

posted by kohey at 18:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月18日

思ったことは思ったときに出す必要がある

web2.0マーケティングフェアに出展し、とっても面白かったので、そのとき思ったことを書こうと思ったが、思ったことは、思ったその時に書けないと、もう、ダメな気がする。そのときに書かないと、どんな言葉も、熱量を持てない気がする。だから、シックリこない。その場で書き殴れるメモ帳って本当に大事。書いときゃよかった。ってことも、今思ったから書けるわけね。

posted by kohey at 18:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月02日

忍耐力

偉大な仕事は、力ではなく、忍耐によってなされる。
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